昨年(2025年)4月26日(土)10時~12時 参加者20名 「戦争を語り継ぐことは、戦争抑止になるのか?」とうテーマで、集いを開催しました。
後半のグループディスカッションについては、ブログアップしていたのですが、前半「鹿児島県内の特攻基地と慰霊祭」について、調査・研究している小田さん(女性)からの講話がありました。
遅くなりましたが、それをこの度ブログアップさせていただきます。
https://senthugu-kagoshima.com/3618/(2025年「戦争を語り継ぐことは戦争抑止力になるのか?
「戦争を語り継ぐことは、戦争抑止力になるのか?」小田さん
今回「戦争を語り継ぐ事は戦争抑止力になるのか」というテーマについて、私の体験談を交えてお話しさせて頂きます。
戦争について学ぼうと思った時に、鹿児島県が特攻基地が多かったという事実があったので、特攻基地と慰霊祭に焦点を当てて、2022年頃から研究を始めた。
鹿児島で生まれ育ったけれど、特攻基地というと「知覧」しか知らなかった。知覧には学校の遠足で行ったりしたことがあったが、それ以外にもたくさん特攻基地があったということを最近まで知らずにいた。
実際にいろいろ調査をしていくと、本当にたくさんの特攻基地があることがわかった。航空基地(未完成含む)は約20カ所。
出水、鹿児島市、万世、知覧、青戸、指宿、種子島、国分第一、国分第二、牧之原、岩川、志布志、串良、笠野原、鹿屋 桜島、垂水、喜界島、古仁屋、徳之島など。
このうち慰霊碑があるのが16カ所。慰霊祭を行なっているのが10カ所。
次に、震洋・回天というベニヤ板を使ったボードや人間魚雷の水上・水中特攻基地は、21カ所(未完成含む)。慰霊碑が建っている場所が9カ所。慰霊祭を行っているのが2カ所。
特攻の関連基地として黒島を入れると、現在13カ所で特攻基地における慰霊祭が行われていることが分かった。
2023年から2024年まで可能な限り慰霊祭を回り、参加者(生存者の方々、ご遺族)とお話する機会があった。
2023年の例を見ていると、串良基地は参加者150名(うち生存者2名)、岩川基地では参加者60名(うち生存者1名)、それから2024年の鹿屋では参加者300名。
2024年、串良では大きな慰霊祭が開かれた。特攻体験者である茶道裏千家15代家元を務めた千玄室さんが来られ、850名という過去一多いぐらいの参加者があった。
特攻経験された方はもういらっしゃらないと思っていたけれども、101歳で献茶の儀を行った千玄室さんは、特攻体験者であり、今も全国に生存者が何名かいらっしゃるということを知って非常に驚いた。
今回この研究を、戦争を語り継ぐことが戦争抑止になるのかというテーマに結びつけると、慰霊祭に参加して多くのご遺族や生存者の方々のお話を聞く機会があり、戦争を知らない私にとっては、非常に貴重な経験になったと感じている。
一つ目は、戦争体験を直接聞くことにより、それが本当にあった出来事なのだと実感し、体験者や出来事が身近に感じられるということ。そのうちに、自分事として捉えられるようになること。
二つ目は、様々な立場の方々から戦争についての意見や考えを聞くことにより、多角的な視点を持って歴史を捉えられるようになること。
そうして、戦争は本当に悲惨で残酷なことなのだという認識を持つことができ、二度と繰り返してはならないと強く感じることで、次の世代にも警鐘を鳴らすことにつながるのではないかと思う。
話は少し逸れるが、私の祖父は戦争体験者で、当時のことを一度だけ聞いたことがある。祖父は当時18歳で大阪商船に勤めていたらしいが、戦時中は大阪商船の船も戦時徴用船となり戦争に使われてしまったらしい。鴨緑丸という船に乗って戦地を行ったり来たりし、物資や兵隊さんを運んでいたとのことだが、1944年12月に鴨緑丸がフィリピンから帰ってくる時に、アメリカの爆撃に遭って沈没してしまい、祖父は数時間泳いだ末にマニラに辿り着いたそうである。それから山の中で生活をして、アメリカの船で帰ってきたという話であった。
ただ、その一連の流れは、祖父がその時ただ一度だけポツリポツリと自分から話をしただけで、当時私もあまり深い関心がなかったので、それ以上聞くことをしなかった。
しかし、そのたった一度だけ聞いた話は、何となく印象に残り、その後も長年に渡って私の記憶に残ることとなった。
このように祖父も戦争体験者であった。けれども、身近な戦争体験者の方がどんどん減っていっているので、戦争というものはやはりどこか遠く感じられてしまう。父親世代、母親世代もよく知らないという状況である。
私にとっても戦争というのは少し遠い存であり遠い過去の出来事に思っていたけれど、慰霊祭に参加して多くの遺族や戦争体験者の方々に話を聞くと、身近に自分事のように感じられてくる。実際に体験された方の凄まじい体験談を聞くと、戦争というのは本当にあったことで、非常に悲惨な出来事だったのだという実体験がリアルに伝わってくる。
現在、こういう慰霊祭はだんだん縮小傾向にあり、中止されているところも全国で増えてきている。子ども世代にとっても、このような戦争体験者の話を聞くという機会がどんどん失われていっていることがわかった。
しかし、幸い鹿児島においては、特攻基地だけでもこれだけの数の慰霊祭が行われおり、体験者の方の話を聞くことができるという状況にある。
それから、鹿児島県の特攻基地においてのもう一つの特徴は、全国からご遺族が集まってくるという点である。特攻基地は全国から若者が集められたので、慰霊祭には遺族や生存者も全国各地から数多くいらっしゃるという特徴があることがわかった。
これら慰霊祭は、戦争体験者やご遺族から生の声を聞くことができる、非常に尊い機会である。
特攻の関連地である黒島での慰霊祭は、小学生を含め島全体をあげての慰霊祭となっている。大人から子どもまで多くの島民が慰霊祭に参加し、夜には訪問者との交流会が行われている。子ども達にとって、戦争体験を聞くことのできる、とても大切な機会であると感じる。
次に、この「子ども達へ語り継ぐことの意義」について考えてみた。
私は今、単位制の高校で非常勤をしているのだが、今年は戦後80年ということで子どもたちに平和学習をさせていただいている。総合的な探究の学習という必須科目において、私がこれまで調べた特攻のことを伝える授業をしている。
最初の授業で、特攻についてどのくらい子どもたちが知っているかと思い、アンケートを行った。やはり出てくるのが、「知っているのは知覧」。他にも特攻基地が何カ所かあったことを知っている子もいたが、名前までは出てこないという状況だった。他に「何を使って特攻に行ったと思いますか?」という質問に、「飛行機」とか「船」と知っている子もいたが、「自転車」や「電車」と答える子もいて、戦争の事実が知られなくなってきているんだなと危機感を感じた。
私は子どもたちに語り継ぐ意義というのは、非常に大きいと思っている。実際体験していないことや、見たこともない話を聞くことは、子ども達にとっては遠いことに感じると思うが、話を聞くことによって、知識として頭の中に残るので、たとえその子たちがその時に何もピンと来なくても、深く理解しなくても、考えることがなくても、戦争というのは悲惨で残酷なもので、やってはいけないものなのだという認識を持つことができれば、それだけでも語る意義があると思う。
それから、例えば数年後もしくは大人になってから関心を持つことがあるかもしれない。その時に「あ、そういえば学生の時に授業でこういう話を聞いたな」という記憶がよぎれば思い出し、そこから自分が関心のあることを調べたり学習したりすることがあるかもしれないという点においては、その子が話を聞いた時点では興味関心がなくても、やはり戦争体験を語るということはとても意義のあることだと感じる。
実際、子ども達はとても素直で正直なので、授業が楽しければ顔を上げてしっかり聞くが、授業が面白くないとスマホを出したり寝始めたりいろいろする。子どもたちが聞いてくれる時はどういう時かというと、内容が面白かったり、自分と関わりの深いこと、驚くことやびっくりすることだと、パッと顔を上げて話を聞く。そもそも戦争というものが、暗く悲しい話題なので、あまり意欲的な様子ではないけれども、こういう事実があったこと、鹿児島県も特攻基地というのがあって、これだけ多くの若者が全国から集まって命をかけて特攻していったんだということ、戦争の残虐さを少しでも知ってもらえたら、戦争抑止力になるのでは?と思う。
それから、私は「知ることの重要性」というのを考えてみた。
「何も知らない」状況と、「知っている・聞いたことがある」という状況では、全然違うと思う。
まず知ることによって、「選択することができる」と思う。こういう方法もある・こっちの道もある、など。それから「比較することができる」という点。
例えば、昔だったらこういう選択をしていたけれども、今の時代・今の状況だったらこういう選択肢があるんじゃないか、など。戦争の事実や歴史を知ることによって過去の過ちや結果から学び、現在において最良・最善の方法を考え選択することができる。
それから、三番目、「疑問を持つことができる」。例えば、私は特攻基地がこんなにたくさんあるということを知らなかったけれども、ではなぜ鹿児島にこんなに多く特攻基地ができたのか、など疑問を持って、そのことについて自分で考えて調べて学んでいくことができると思う。
四番目、「予想することができる」。過去の出来事や事実を知ることによって、新たに起きたことに対して先々を予想することができる。例えば、戦争当時はこういうことになったが、今の時代だったらより残酷な事態が起こるのではないか。過去にこのようなことがあったから、今こうするとこのようなことが起きてしまうんじゃないか、など危機感を持ったり対策を考えたりすることができる。
五番目、「関心を深めることができる」。自分の知らないことを知ることによって、そのことをより深く知りたいと思ったり、自分で調べようと思ったりするなど、自ら探求していくことにつながるのではないかと思う。
このように「知る」ということは「知らない」ということに比べ、いろんな利点がありますし、やはり知っていたからできたこと、知らなかったからできなかったことなど、自分の人生においても非常に左右していくことになると思う。
今回、テーマ戦争体験を語り継ぐことというのは、たとえそのことが自分にとって関心がなくても、とりあえず知るということは、とても大きな意味があると私は考えている。
子どもたちにも、種を蒔くという感覚で考えているが、いつ発芽するかわからないけども、子どもたちにとにかく話をして、こういうことがあったんだよという事実を伝えて、いつか子どもたちが関心を持って、戦争や平和について考えることができれば幸いと思っている。

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