最終章
新道通りへ
夫婦二人で、朝から晩まで寸暇を惜しんで注文靴を作り、また修理に励んで店を繁盛させようと努力した。
特に、芳子のアイデアには恐れ入った。
店には修理のためだけでなく、販売のための靴墨(靴クリーム)も置かなければならないが、仕入れ資金に乏しいうちは、靴墨の数を多く見せるために、空瓶も重ねて靴墨の数を多く見せるというものだった。
こういう商魂は、実家のお菓子屋が父である佐太郎が亡くなり、母ナセと二人で営む事になって、店が不遇な状況の中でなんとかお客さんに買ってもらいたいと努力して技を身につけた証だった。
少しずつ経営は軌道に乗りつつあったが、これからはこの場所では限界があると思っていて、毎日新道通りに出向いて人の通りを見物していて、これからは新富士デパートがあり、国道が通っている”新道通り”に出店しないといけないと思うようになった。
そこで初めて銀行からお金を借りようと考えたのだが、付き合いのある銀行は近くの旭相互銀行(現南日本銀行)しかない。
そこには毎日の売上を預ける日掛をしている。
しかし、これで貸してくれるだろうか?
不安の中、融資のお願いに行ってみた。
ダメで元々という訳にいかない。なんとか融資してもらわなければ、と悲壮感をもって窓口に行った。
まだその頃は、その銀行も大きくなく、川内支店長の満留さんが応対してくれた。
今の状況、これからは新道通りが繁栄する、さらに新富士屋デパート向いに土地が売りに出ている、それらを縷々(るる)説明した。
返事が出るまでに一週間ほどかかった。
結果を聞きに夫婦で銀行に行った。
結果オーライだった。
満留支店長が説明してくれた。
「瀬下さん、当行は、今回の融資は今までの瀬下さんの働きぶりを見て融資することになりました。」
「?」
「瀬下さんが朝早くから夜遅くまで、いつも靴を作る音やお客さんと会話する声が聞こえていて、私からも本店に強く推薦しました。」
旭相互銀行はうちのほとんど隣で、いろいろ見てもらえて良かったと、満留支店長に感謝した。
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