「特攻隊員と犬のクロ」⑧

2023年

戦争が終わって・・・

 戦後、十五、六年経った頃である。すっかりクロのことなど忘れ去っていた私だったが、ある晩、クロの夢を見た。

 私は、林の中をひとりで歩いていた。すると、突然、陰気な草の生い茂っている原っぱに出た。

 そこは古く広い共同墓地で、土まんじゅう(どまんじゅう、韓国の墓の形。私は父の仕事の関係で韓国育ちであり、韓国の墓地を知っている)が乱雑に、中にはくずれかかっている土まんじゅうも並んでいた。寒気がした。私は、気味悪いその墓地から逃げるように墓地に沿っている道を急いで歩いた。

 突然、墓地の藪の中から大型犬が出てきた。ボロボロの陸軍の軍服を着ていた。体は大きいが顔は昔、私になついてきたクロにそっくりであった。「お前はクロだネ・・・・」と私が言うと、その犬は嬉しそうに尻尾を振り、私に近づいてきた。

 体は大きすぎて、昔のクロの感じではないが、顔が昔のクロであった。懐かしかったので、私も墓の垣根まで近づき、垣根を乗り越えようとした時、どうしたことか、今度は猛然と私に吠えかかってきた。私が垣根から飛びさがると、またもとに戻って尻尾を振る。

 私が近づくと吠え、垣根から離れると嬉しそうに尻尾を振る。こんなことを繰り返しているうちに墓地のあっちこちの藪から老いぼれた犬たちがヨロヨロよろめきながら集まってきた。そして、クロと同じ仕草をするのである。

 犬たちの動きの意味がわからなかった。後方で人の気配がしたので、振り返ってみると、白髪の老人が笑いながら立っていた。その老人は親しげに私に近づいて来て、「その境の垣根を越え、中に入ると人間はみんな死ぬんだよ、その犬たちはあなたにもっと長生きしてくれと言っているのだョ」と教えてくれた。

 私は、クロとそのヨボヨボ犬たちのしぐさの意味が理解でき、垣根ごしに感謝の手を振った。クロも犬たちも尻尾を嬉しそうに一斉に振ってくれた。クロは、やがてその犬たちを連れて歩きだした。「クロ、クロ」と私が呼ぶと、時々は私のほうを振り向きながら、尻尾を振ってくれた。クロはこのヨボヨボ犬たちのリーダー格だったのである。

 クロは、その墓地の一番奥の端まで行くと、私のほうを振り返り、「ウォーン、ウォーン」と声の続くかぎりの遠吠えをし、そのまま藪の中に入ってしまった。私は大声で「クロ―、クロ―」と呼び返したが、声が出ない。あせってまた、「クロ―!!」と大声を出そうとしたら、自分の声で目が覚めてしまった。

 クロとの最後の別れの夢であった。さびしい夢であった。

このあと、クロの夢は一度も見ることもなく、現在に至っている。 〈終わり〉

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