「特攻隊員と犬のクロ」⑥

2023年

クロと隊員たち

 夕方5時までには東公園の武道館に帰隊するように命ぜられていたので、クロの処置には迷った。いくら追っ払ってもついてくるので、あとはクロに任せることにした。クロは喜んでいるかのように私について来た。東公園は幸いに戦災をのがれており、武道館も無傷だった。武道館では戦友たちが自由時間を楽しんでいた。私と同行してきたクロを見つけると、多くの隊員たちが集まってきた。

 やっと生き延びてきたクロの話を聞き、同情が一斉にあつまった。
首に垂れ下がり、こげ切れた引き綱は、猛烈な火焔の中、必死にのがれようともがき、あばれているクロの姿に直結、想像され、一層の同情を与えていた。

 女子高生からもらった特攻人形をクロの首輪につけてやる隊員もいた。「お手、おすわり・・・」と芸を求める隊員もいて、簡単な芸には応じていた。ただ、「チン」とか「ゴソゴソ」(地に伏せて這う)「おのぼり」(木に登るように立って、前足を上下させる)などの難しい芸は出来なかった。隊員の一人が、それらの芸を教えるつもりで、地面にころがり、芸の真似をやって見せた。

 本人は真面目にやっているのだが、その格好があまりにも滑稽だったので、ドオーッと、隊員全員の笑い声をさそった。ともかくもクロは、たちまち隊員たちの人気者になったのである。

 夕食の時刻になった。クロの餌はみんなの食事を半口ずつ残し、クロに与えることになった。半口ずつといっても50名近い隊員である。あまるぐらいの大量になった。クロは久しぶりに満腹のご馳走にありつき、大満足であった。2日後だったと思う。いよいよ我々の戦闘展開地がきまり、そこに移動することになった。クロをどうするかがまた問題になったが、戦隊長をはじめ、将校幹部たちがクロについては、見て見ぬふりをしてくれていたので、クロのなすままに任せることになった。クロは我々についてくることになった。クロは、私の艇に乗り、怖がることもなく目的地に着いた。 

 展開地は昔、元寇の役があった折、元の大軍が上陸したといわれている福岡の今津浜海岸であった。隊員たちは近くの2つのお寺を借り切って、分宿することになった。クロは、私の宿泊する寺の縁側の下を勝手に寝ぐらにしてもぐりこんでいた。

 クロもいっぱしの隊員きどりで、訓練のときなどは、隊のあとを追うようについてきていた。夜間の突入訓練の時だった。

 浜までついて来たが、レ艇には乗れないので、寺へ引き返すと思っていた。が、我々の訓練が終了まで浜の同じ場所で待っていてくれたのだ。それを見た隊員全員が驚きと感動で胸が締め付けられた。        〈つづく〉
絵:キヨボン

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