物語「約束の地」ー戦争を経験した父の人生ー㉑

2024年
家族に迎えられる帰宅した復員兵(昭和デジタルアーカイブより)

 最終章

シベリア帰りの「幽霊」

 普段なら10分もかからないくらいの田崎の夏江の家から、開聞の自分の家までの道のりは、果てしなく長い時間をかけて、歩き続けたように思えた。

 疲れもあったが、何も考えられずにただ歩き続けた。我が家を求めて。

 ふと見上げたら、懐かしい開聞神社(現:向田神社)が見えた。

 普段なら通り過ごすところだが、なんとなく境内に入ってみたくなった。

 いざ入ってみると、幼い頃よく末廣と遊んだ場所で、母トメがヨイトマケ(土木作業)が終わり、帰ってくるまで遊んでいたもんだった。

 大人になってからは、とんとご無沙汰していた。

 元々、信心深くなく、あまり神や仏に帰依する方じゃなかったが、夏江のお骨と一緒にいると夏江が、
「お参りして行きましょうよ。」と言ってる声が聞こえるようで、夏江のお骨と二人で映った写真も一緒にお参りした。

 鞍山での生活、兵隊の時の出来事、モンゴルでの辛かった日々の事、初めてここで、ひとしきり泣いた。

 五年分の思いを神様が受け止めてくださった、と思えた。

 涙が、今までの後悔や懺悔の気持ちを洗い流してくれたのか、気持ちが楽になった。

 もう母トメのいる家まで50mもかからない。

 はやる気持ちが湧いてきた。

 家の前に着いた。

 開けっぱなしの玄関と上がり框(かまち)のまわりの土間、それにボロボロの縁側が見えた。

 すべてが懐かしい。

 家の中に人影が見えた。

 母トメだった。

 母は私を見つけると、ヨタヨタと近づいて来て「深志?、深志かい?」と恐る恐る尋ねてきた。

 ずいぶん老けたなと思いつつ「深志、ただ今戻りました!」と軍隊式に挨拶して返した。

「幽霊かと思った・・・」と、ただ一言つぶやいて、私の身体をさすった。

それはまるで母親が小さい子供をあやすかのようにさすり続けた。

幽霊と思ったのは、仕方なかった。

 持ち物といえば、背嚢(リュック)と雑嚢(肩掛けカバン)それに水筒、飯盒にボロボロの軍服を着た痩せ細った男が目の前に現れ、それが死んだかもしれないと思っていたせがれで、まさか目の前にいるとは信じられなかったのだろう。

今まで、幽霊になってでもいい、もう一度目の前に現れてくれと思っていたのだろう。

母心がわかった気がした。

コメント