物語「約束の地」ー戦争を経験した父の人生ー⑦

2024年

 第五章

  満州防衛隊に配属

 新京に到着してから最初に配属になった部隊は、独立戦車第一旅団歩兵隊で二等兵としての入隊であった。

 通称「迫13043部隊」といって、昨年10月に軍令により編成されており、10月15日には三江省勃利さんこうしょうぼつりにおいて戦車第一師団機動歩兵第一連隊並びに同師団の残置人員約四百名で編成されていて、勃利付近の警備にあたっていたようだが昭和20年5月22日に部隊主力が四平しへい付近の警備にあたり、四平省揚木林しへいしょうようぼくりんに移駐したときに私もそこに配属された。

 そこの新兵は決して若い者だけじゃなく、聞いてみれば40を過ぎた年代の新兵もいるではないかと驚いた。

 聞くところによれば、この頃から在満邦人が大量に召集されたようで、年齢も40歳以上でも召集されてこの隊に配属されているようだった。

 まず訓練が日課になるのだが、その前に古年次兵から襦袢、袴下じゅばん  こしたなどの支給を受けた。

 その際に「これは天皇陛下からの御下賜品ごかしひんであるから大切に扱うように。」と注意があったが、粗末な物が多く、その日から針仕事が必要だった。

 また軍隊は体に合った衣服を着るのではなく、体を衣服に合わせ帽子に頭を合わせるという事になっていた。

 特に、軍靴に足を合わせる羽目になった新兵は不幸だった。

 毎朝起床ラッパの音とともに起床するのだが、朝食前に木銃を使用する訓練が日課だった。

 しかし、木銃の数は兵員より少なくて「起床!」の号令一下、新兵は先を争って木銃架もくじゅうかへ殺到した。

 しかし、どうしても木銃を取り損なう新兵がでてくるのだが、彼らには上官のこっぴどい叱責が待っていた。

 そういう日課の朝の起床や夜の消灯を知らせるラッパの音だが、兵隊の間では起床ラッパは「♫起きろ起きろ起きろよ皆起きろ、起きないと班長さんに怒られる♫」

 消灯ラッパは「♫新兵さんはかわいそうだね〜、また寝て泣くのかよ〜♫」とわびしく揶揄やゆされていた。

 同じ隊の新兵の中には鞍山でもあったように極秘裏に出征させられた三十八歳の新兵もいた。

その神奈川出身の佐山二等兵はこう言っていた。

「私は旅順で学校の教員をやっていて、学徒動員の引率教官として旅順から40キロ離れた大連市外の甘井子の工場地帯で勤務していたのですが、その勤務中に赤紙を受け取ったのです。私たちは近隣所にも極秘扱いで出発時には家族の見送りも許されなかったんです。」

「出発駅に家族も来ないようにといっても、こっそり来てもわかりゃしないでしょう。」というと「憲兵が鋭い目で見張ってるんですよ。そこで妻は自宅で私を見送るや否や、見張の厳しい旅順駅を避けてバスで40キロ離れた大連まで直行し、やっと駅頭で私を見送ってくれたんです。

お互いの声の聞き取れる距離じゃなかったけど、妻は私に何か伝えるために叫んでいるようでした。」と悲しげに教えてくれた。

 妻を置いて出征しなければならない佐山二等兵の心情は自分に重なるものがあり、胸にグッときて自分が兵隊としてついに戦場にいるんだという事を痛感した。

 満州防衛の任務についてから、夏江に便りを出せたのは一回だけだった。

「身体は大丈夫か?政盛に助けてもらって無理しないやうに(旧仮名遣い)」など書いて送るのが精一杯だった。

任務地の四平付近警備は行軍・野営が続く日々だった。

 ある時、我々より先に行軍していた隊が、次の陣地に転進した跡を我らの隊が野営する事になって、その陣地に夜半になって一日かかってやっと到着した。我々兵隊たちは動く気力もないくらい疲労していて真っ暗な中、近くの沼まで行って水を飲むのが精一杯の体力しか残っていなかったが、私を含めて何人かが同じように暗い中、水を飲んで朝を迎えた。

 朝起きると一人が「おい!池を見てみろ!血の海だぞ、ゴロゴロ浮かんどるぞ!」

と、叫ぶ声が聞こえたので我々もすぐ見に行ったら、昨日飲んだ沼の水は死体が沈んだり、浮いたりしていた水だったのだ。まさにそこは”血の池地獄”だった。

 知らずに我々は、昨夜その水を飲んでしまっていた。

 沼の様子を見てから急に気分が悪くなり、私を含む4〜5人の兵隊が衛生兵に征露丸せいろがんを所望して飲んだ。

 中には沼を見て吐く兵隊もいた。

 私たちの野営地から少し離れたところでは、我々が到着するその前に激しい戦闘があったようで、明るくなってわかったがその残骸や死体が残っていたのだった。

コメント

  1. 赤崎雅仁 より:

    征露丸は、昔は何で効くと言うことで家庭の常備薬だったようですね。
    由来は聞いたことありますか、日ロ戦争のとき生まれたとか、本当かどうかわかりませんが、ロシアを征服した薬でしょうか。麒麟ビールも旧満州に麒麟の話があります。
    発祥の地?本当かどうか。

  2. 春光 より:

    麒麟ビールの話が旧満州にあった、というのは興味深い話ですね。ご存じのことがあったら、いろいろ教えてください。
    お菓子のモロゾフは、ロシア革命の時に逃げてきた白系ロシア人の人が、神戸で開いたお店だとか?過去の出来事が現代までつながっていることが感じられますね。