届くことのない手紙
ひとり病身で家にいると壊れそうになる心を「届くこともない手紙」を書き続けることで何とか耐えていました。
今日も東方連山から
昇った朝日は、
またたく間に
あなたがいた鉄西の
方に沈んでいきます。
今日一日、あなたは
無事でいるのでせうか?
元気でいるか?の
一言でいい、声を
聞きたい、そして
ぬくもりを感じたい。
あなたと二人で見た
黄梅《オウパイ》の
黄色い可憐な花を
もう一度見ることが
できるでせうか?
病気でさらに心細くなっていた私は、届くことのない手紙を書いて深志さんへの想いを届ける夢を見る事が、唯一、今の現実から離れられる生き甲斐になっていたのです。
入隊してから二ヶ月程経った頃、待ちわびていた深志さんからの便りがたった一度だけ届きました。
ハガキ一枚の軍事郵便でした。
私はその便りを後生大事に、何度も何度も読み返しました。
こちらは満州守備
防衛のため、
奮闘努力している
ナツエのからだだけが
心配である。
あまり無理をせず、
政盛に助けてもらって
養生するやうに。
なるべく滋養のあるもの
を食して体力をつけるやうに切に
願ってゐる。
こちらは任務上、
秘密であるために
今いる場所を明かす
ことはできない
深志
と書いた便りでした。まぎれもない、深志さんのクセのある文字です。
たしかにこのハガキの中に深志さんがいるのです。
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