物語「約束の地」ー戦争を経験した父の人生ー⑥

2024年

第4章

召集令状

 昭和製鋼所では八巻君や岡上さん以外にも召集者が多くなりはじめていた矢先、夕方仕事を終えて帰ると、夏江が神妙な顔をして届いていた”赤紙”を無言で渡してくれた。

『臨時召集令状、到着日時、到着地、召集部隊』などが細かく書いてあって、裏には応召員心得が細かい文字で記入されていて読むのが大変だった。

 とにかく五月十五日に、新京に13時に着くようにとの内容だった。

 その赤紙をみて夏江が、「赤紙は赤くないんですね。」というから「赤色じゃ。」というと「赤くない、ももいろよ。」と言い放った。

 あとで聞いたら、「覚悟はしてたけど、いざ来てみるとボーっとしてどうでもいいところに目がいった」と言うような事を言っていた。

 それほど動揺していたんだと思う。

 次に私が考えなければならない事のひとつに、夏江をひとりにすることはできない、川内せんだいの井上の両親に連絡して弟の政盛を呼び寄せるようにしなければならないと思い、すぐ電報を打つことにした。

 出征前日、つまり14日の夜、不安そうな顔をしている夏江に「なあに、わが関東軍は最強の軍隊じゃ、八路軍や国民党軍なんか一気にやっつける。」と心配させまいと気丈に振る舞ったが、実際のところ一抹の不安はあった。

 三十路になってからの兵役で、訓練とか実射や野営をこなせるだろうかと思いを巡らせると、その日はほとんど眠れなかった。

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