女性たちの記録集「それぞれの100年」から No.3『父から聞いた垂水新城小学校時代のこと』

2024年

父から聞いた戦争中の話 (垂水市新城小学校時代のこと)中村 充子

 父が102歳で亡くなってから10年が経った。生前、戦争中の話を息子たちが小学生の時、宿題でいろいろ断片的に思い出して聞かせていた。その時、私もそばで聞いていた。

 父は垂水の新城しんじょう小学校で6年生の担任をしていたので戦争には行っていない。でも、学校は兵隊さんの宿舎になっていたので、生徒たちは校庭にからいもを植えたり、山へたきぎ取りにいったりして勉強どころではなかった。

 私の姉は、当時3歳で兵隊さんから食べ物をもらい、赤痢にかかり、ハチミツをなめさせ、命拾いした。

また新城小学校は海が近くてアメリカ軍の機銃掃射を受け、父母は私と姉を抱いてから芋つぼの中にしゃがんで、布団をかぶり、助かった。目の前の小屋にいた馬にあたり死んだとのこと。この話は息子たち2人とも大人になってからもよく覚えていた。私は、この時の父の心境を聞いたのを思い出した。

「かねてから俺は神を信じていなかったが、この時ばかりはナンマイダナンマイダと唱えていた」と。

 戦争がだんだん激しくなり、新城にもアメリカ兵が上陸すると噂が流れて、竹やぶに隠れた。まさかり海岸には、茂みの中に木で作ったボードが隠してあったそうだ。父はこんな物で敵に突っ込んで行くのかと疑問に思っていた。

 戦後、当時小学校6年生の生徒たちが同窓会をする度に招待され、80歳過ぎまで新城に行っていた。やっぱり、戦争中苦労をともにした絆が深かったのではと感じていた。

 今、政治の流れは戦争のできる国へと危険な動きになっている。アイ女性会議でいろいろな運動をするようになって、今ならもっと真剣に父の話を聞いていただろうと悔やまれる。

2024 国際女性デー 街頭アピール

日時:3月8日(金)11:00~
場所:天文館献血ルーム前4月から女性支援法が施行されます。これまで女性政策は売春防止法を根拠にした婦人保護事業でした。女性の支援を実情にそったものにするために、自治体レベルでの取り組みが必要です。

◇女性の貧困の主な原因は非正規問題・低年金です。
◇女性議員を増やしていきましょう!

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